治療が何年続いても、保険診療の自己負担には年ごとの上限があります。2026年8月に新設された年間上限は、8月から翌年7月までの12か月で、年収約370〜770万円(区分ウ)と年収約370万円まで(区分エ)が53万円、住民税非課税(区分オ)が29万円です。治療が3年続いた場合でも、保険診療の分は区分ウ・エで最大159万円、区分オで最大87万円が目安になります。ただし、退職や転職で加入先が変わると、4か月目から上限が下がる「多数回該当」の回数は1から数え直しです。収入の面では、傷病手当金の支給期間は通算1年6か月、障害年金の障害認定日は初診日から1年6か月が区切りになります。
「いつまで続くか分からない」治療費は、12か月単位で見積もる
再発や転移がわかると、治療の期間が読めなくなります。最初の治療は「半年」「1年」と区切りがあったのに、今度は終わりの時期が決まっていない。お金の見通しが立たないのは、このためです。
本村ユウジの相談記録では、2010〜2026年の相談者3,192名のうち244名(7.6%)が、治療費・医療費の額に触れていました。お金や制度のどれかに触れた人は822名(25.8%)で、4人に1人にあたります。
「再発したら、最初の治療と同じだけの出費がずっと続く」と思っていませんか。実際は、保険診療の自己負担は月の上限と年間上限の2段階で止まります。期間がわからなくても、1年あたりの上限は所得区分だけで決まる仕組みです。まず12か月の最大額を知り、それを年数分並べれば、長期戦の見積もりができます。
所得区分ごとの「1年あたりの上限」
70歳未満の上限額です(2026年8月診療分から)。月の上限は、1つの医療機関でひと月に払う保険診療の自己負担にかかります。年間上限は、8月から翌年7月までの12か月の合計にかかります。
| 区分(年収の目安) | 月の上限 | 4か月目から(多数回該当) | 年間上限 | 3年続いた場合の上限の合計 |
|---|---|---|---|---|
| ア(約1,160万円〜) | 270,300円+(総医療費−901,000円)×1% | 140,100円 | 168万円 | 504万円 |
| イ(約770〜1,160万円) | 179,100円+(総医療費−597,000円)×1% | 93,000円 | 111万円 | 333万円 |
| ウ(約370〜770万円) | 85,800円+(総医療費−286,000円)×1% | 44,400円 | 53万円 | 159万円 |
| エ(〜約370万円) | 61,500円 | 44,400円 | 53万円 | 159万円 |
| オ(住民税非課税) | 36,900円 | 24,600円 | 29万円 | 87万円 |
3年の欄は、年間上限が今と同じ額のまま続くと仮定した計算です。2027年8月からは所得区分が細かく分かれる予定で、月の上限は区分ごとに変わります。厚生労働省の資料では、年間上限の額は据え置きです。区分エのうち年収約200万円以下(標準報酬月額15万円以下)と確認できた人は、年間上限が41万円で、超えた分は2027年8月以降に払い戻されます。
月の上限と年間上限の両方を、自分の総医療費で計算したいときは高額療養費の計算ツールを使いましょう。月ごとの自己負担と12か月の合計を出せます。
12か月の自己負担をシミュレーションする(区分ウ・エ・オ)
再発後の治療の形によって、年間上限が効くかどうかが変わります。毎月の自己負担の大きさと、前回の治療からの間隔で4つの例に分けました。数字は、保険診療の自己負担だけを1つの医療機関で払った場合です。
| 例 | 区分ウ | 区分エ | 区分オ |
|---|---|---|---|
| A 毎月の総医療費50万円。前回の治療から1年以上空いている | 663,420円→53万円 | 584,100円→53万円 | 332,100円→29万円 |
| B 毎月上限に届く。前回の治療から1年以内で、直近12か月に3回以上の支給あり | 532,800円→53万円 | 532,800円→53万円 | 295,200円→29万円 |
| C 通院で毎月の窓口負担が45,000円(総医療費15万円) | 540,000円→53万円 | 540,000円→53万円 | 332,100円→29万円 |
| D 通院で毎月の窓口負担が30,000円(総医療費10万円) | 360,000円(上限に届かない) | 360,000円(上限に届かない) | 360,000円→29万円 |
Aの区分ウは、月の上限が85,800円+(500,000円−286,000円)×1%=87,940円です。最初の3か月が87,940円×3=263,820円、4か月目からの9か月が44,400円×9=399,600円で、合計663,420円。年間上限で53万円になり、133,420円が戻ります。
Bは、再発までの間隔が短い場合です。多数回該当は「療養を受けた月以前の1年間」に3か月以上の支給があるかで判定します。前回の治療で直近12か月に3回以上支給を受けていれば、再発後の治療は1か月目から44,400円です。12か月で532,800円となり、年間上限との差は2,800円しかありません。多数回該当がずっと続く人は、年間上限で減る額が小さくなります。
年間上限が大きく効くのは、CとDのように、月の上限に届かない月が続く人です。区分ウで毎月45,000円の場合、月の上限に届かないので高額療養費も多数回該当も使えません。2026年7月まではこの形だと12か月で54万円を払うしかありませんでしたが、今は53万円が上限です。区分オでは、毎月30,000円でも年36万円が29万円になり、70,000円が戻ります。
同じ月に複数の医療機関にかかった場合、70歳未満は医療機関ごと(入院と外来は別)に21,000円以上の自己負担だけが合算の対象です。院外の薬局の分は、処方せんを出した医療機関の分に合算します。年間上限の計算でも同じ決まりです。
年間上限の「1年」は8月に切り替わる
年間上限の12か月は、治療を始めた月から数えるのではありません。毎年8月から翌年7月までの区切りで、8月になると合計がゼロに戻ります。
区分エの人が2026年11月に再発後の治療を始め、毎月上限に届いた場合を考えます。11月〜翌年1月が61,500円×3=184,500円、2月〜7月が44,400円×6=266,400円で、2027年7月までの合計は450,900円です。最初の区切りは9か月しかないので、53万円に届きません。8月からは次の12か月が始まります。
多数回該当の数え方は、これとは別です。こちらは8月で区切らず、診療月から見た直近12か月で数えます。治療が続いていれば、8月をまたいでも4か月目以降の44,400円のままです。
協会けんぽは、年間上限に達した後の自己負担は保険者から還付を受ける形だと案内しており、年間上限の申請受付を2027年8月から始めます。健康保険組合・共済組合・国民健康保険の申請方法は、加入先に確かめましょう。領収書は、月ごと・医療機関ごと・入院と外来に分けて残しておくと、申請のときに迷いません。
治療をどう続けるかと、お金の見通し
再発後の治療をどう続けるか。何を優先し、どこまで続けるか。その判断は病状と治療の見通しによるもので、このページでは扱いません。主治医と、がん相談支援センター(がん診療連携拠点病院などにあり、無料・匿名で使える)が相談先です。
ただ、お金の見通しを数字で持っておくと、お金の不安を漠然としたまま抱えずに、その話し合いに臨めます。「区分ウなので、1年の上限は53万円」「今年はもう38万円払っているので、7月まであと15万円」と言えれば、費用の心配を主治医や相談員に具体的に伝えられます。
多数回該当がリセットされるとき(退職・転職・扶養)
長期戦で一番見落としやすいのが、加入先の変更です。協会けんぽは、多数回該当について次のように説明しています。
- 同一の保険者での療養に適用する。国民健康保険や健康保険組合から協会けんぽに入った場合など、保険者が変わると月数は通算されない
- 同一の被保険者で適用する。退職して、家族の健康保険の被扶養者に変わった場合なども通算されない
「会社を辞めても、上限の下がった状態は続く」と思っていませんか。実際は、退職して国民健康保険に入ると、新しい加入先で1か月目から数え直しです。最初の3か月はまた通常の上限を払います。
| 区分 | 加入先を変えなかった場合(3か月分) | 変えた直後の3か月 | 増える額 |
|---|---|---|---|
| ウ(総医療費50万円の月) | 44,400円×3=133,200円 | 87,940円×3=263,820円 | 130,620円 |
| エ | 44,400円×3=133,200円 | 61,500円×3=184,500円 | 51,300円 |
| オ | 24,600円×3=73,800円 | 36,900円×3=110,700円 | 36,900円 |
表は、変更の前後で区分が同じだった場合です。実際には、国民健康保険は所得で、被扶養者は家族(被保険者)の標準報酬月額で区分が決まるので、区分そのものが変わることもあります。加入先が変わった年の年間上限をどう数えるかは、新旧どちらの加入先にも確かめましょう。
退職の時期を決めるときは、ほかの条件も一緒に変わります。
- 傷病手当金を退職後も受けるには、退職日までに被保険者期間が継続して1年以上あり、退職時に受けているか受けられる状態であることが必要。退職日に出勤すると、翌日以降は支給されない
- 任意継続に入れるのは、被保険者期間が継続して2か月以上ある人。退職日の翌日から20日以内に申し出る。任意継続の期間中に新たに発生した病気には傷病手当金は出ない
- 家族の被扶養者になるには、年間収入130万円未満(60歳以上か、障害厚生年金を受けられる程度の障害がある人は180万円未満)などの条件がある。傷病手当金を受けている間の収入の数え方は、家族の勤務先の健康保険に確かめる
辞めるかどうかの考え方はがんで仕事を辞める前ににまとめています。
収入の見通し:傷病手当金は通算1年6か月
会社員や公務員で健康保険に入っている人の傷病手当金は、同じ傷病について、支給を始めた日から通算1年6か月まで受けられます。2022年1月から「通算」になり、途中で出勤して支給されなかった日は期間から減りません。厚生労働省のQ&Aに載っている例だと、2022年3月4日に支給が始まった人は549日間になります。
最初の治療で200日分を受けていた人なら、同じ傷病として扱われれば残りは349日です。標準報酬月額の平均が26万円の人の日額は、26万円÷30=8,670円(10円未満四捨五入)、その3分の2で5,780円。349日分を全部受けると約201万円になります。
ここは見落としやすい点です。再発や転移が、最初のがんと「同一の傷病」に当たるかどうかについて、一律の基準は公表されていません。同じ傷病なら残りの日数だけ、別の傷病なら新たに1年6か月、という違いが出ます。申請の前に、加入先(協会けんぽの都道府県支部、健康保険組合など)に確かめましょう。
退職したあとの再発は、さらに条件が厳しくなります。退職後の継続給付は、一度仕事に就ける状態になると、その後また働けなくなっても支給されません。自営業やフリーランスの人が入る国民健康保険には、原則として傷病手当金がありません。
障害年金を考えるタイミング
「障害年金は、手足に障害がある人の制度」と思っていませんか。障害認定基準には悪性新生物(がん)の節があり、がんそのものや治療による全身の衰弱・機能の障害も認定の対象です。等級は、日常生活の状況などから総合的に認定されます。
請求の区切りになるのが障害認定日で、原則は初診日から1年6か月を経過した日です。再発・転移で問題になるのは、この初診日がいつかという点です。認定基準は、「傷病」に前の病気と相当因果関係がある病気を含め、転移であることが確認できたものは相当因果関係があると認めるとしています。そのため、もとのがんで初めて受診した日が初診日として扱われる場合があります。
| 状況 | 請求の形 | 受け取れる時期 |
|---|---|---|
| 障害認定日の時点で障害の状態にあった | 障害認定日による請求 | 認定日の翌月分から。さかのぼれるのは時効で5年分まで |
| 障害認定日には該当せず、その後に該当した | 事後重症による請求 | 請求した日の翌月分から。65歳の誕生日の前々日までに請求する |
もとのがんの初診日から何年もたっていれば、障害認定日はすでに過ぎています。事後重症による請求は、請求が遅れた月の分は受け取れません。保険料の納付要件も、初診日の時点で判定されます。初診日の考え方と必要な診断書の種類は、早めに年金事務所で確かめましょう。障害基礎年金の額は、2026年度で2級が年847,300円(月70,608円)、1級が年1,059,125円です。
傷病手当金と同じ傷病で障害厚生年金を受けるようになると、傷病手当金は支給されません。年金の額の360分の1が傷病手当金の日額より少ないときは、差額が支給されます。請求の手順は障害年金のページにまとめました。
医療費控除は「毎年」申告する
治療が長く続くと、医療費控除を毎年使うことになります。医療費控除の1年は1月から12月で、8月から翌年7月で区切る年間上限とは区切りがずれます。
計算は、その年に払った医療費から保険などで補てんされた額を引き、さらに10万円(総所得金額等が200万円未満の人はその5%)を引いた額です。1月〜12月の自己負担が53万円なら、控除額は43万円。所得税の税率が20%の人なら、所得税はおよそ86,000円軽くなります(復興特別所得税・住民税は別)。
長期戦で迷いやすいのが、後から戻る高額療養費です。高額療養費は補てんされる金額にあたり、医療費から差し引く決まりです。年間上限の払い戻しは、協会けんぽでは2027年8月から申請を受け付けるため、2026年分の確定申告の時点では金額が決まっていないことがあります。その場合は見込額で差し引いて申告し、後で額が違ったら修正申告か更正の請求で直します。傷病手当金は医療費の補てんではないので、差し引きません。
申告を忘れた年があっても、還付申告はその年の翌年1月1日から5年間出せます。通院の電車代・バス代も対象です。細かい決まりは医療費控除のページで確かめましょう。
40歳以上で介護保険のサービスも使うようになったら、高額医療・高額介護合算療養費も確かめましょう。8月から翌年7月までの医療と介護の自己負担の合計に基準額があり、70歳未満の区分ウは67万円、エは60万円、オは34万円です。仕組みは介護保険のページで説明しています。
長期戦のお金のカレンダー
| 時期 | やること | 窓口 |
|---|---|---|
| 毎月 | 領収書を月ごと・医療機関ごと・入院と外来に分けて保管する。マイナ保険証で受診する | 自分 |
| 給与の締切日ごと | 休んだ期間の傷病手当金を申請する(休んだ日ごとに、その翌日から2年で時効) | 勤め先・加入先 |
| 診療月の翌月以降 | 窓口で払いすぎた高額療養費を申請する(診療月の翌月1日から2年で時効) | 加入先 |
| 毎年8月 | 年間上限の12か月が切り替わる。前の12か月の合計を計算する | 自分 |
| 2027年8月から | 年間上限の払い戻しを申請する(協会けんぽの場合) | 加入先 |
| 翌年1月1日から | 前の年の医療費控除を申告する(還付申告は5年以内) | 税務署 |
| 初診日から1年6か月 | 障害年金の障害認定日。請求できるかを確かめる | 年金事務所 |
1年の自己負担がいくらになるかは、計算ツールに毎月の総医療費を入れると確かめられます。治療費の全体像(食事代・差額ベッド代など上限の外の費用)はがんの治療費はいくらかかるかで整理しています。
加入先に確かめること
- 自分の所得区分(ア〜オ)と、直近12か月で高額療養費が出た月の数
- 年間上限の払い戻しは申請が要るか、いつから受け付けるか
- 再発・転移の傷病手当金は「同一の傷病」として扱われるか、残りの支給日数は何日か
- 退職・転職・扶養に入る予定があるなら、多数回該当と年間上限の数え方がどう変わるか
- 障害年金の初診日をいつと考えるか(年金事務所で確かめる)
よくある質問
再発したら、多数回該当はまた1か月目から数え直しですか?
加入先が同じなら、診療月から見た直近12か月に高額療養費の支給が3か月以上あれば、その月から多数回該当の上限です。前回の治療から1年以上空いていれば、1か月目から数え直しになります。加入先が変わった場合は、間隔に関係なく通算されません。
年間上限を超えた分は、窓口で払わなくてよくなりますか?
協会けんぽは、年間上限を超えた分は保険者から還付を受ける形と案内しており、申請受付は2027年8月からです。それまでは月ごとの上限額を窓口で払います。ほかの加入先の扱いは加入先に確かめましょう。
再発で休職した場合、傷病手当金はもう一度1年6か月もらえますか?
最初のがんと同一の傷病として扱われれば、通算1年6か月の残りの期間だけです。同一の傷病に当たるかどうかの一律の基準は公表されていないので、申請の前に加入先に確かめましょう。
治療が何年も続くなら、仕事を辞めて国民健康保険に入ったほうが安くなりますか?
一概には言えません。国民健康保険は所得で区分が決まり、多数回該当の回数は通算されないので、切り替え直後の3か月は通常の上限に戻ります。国民健康保険には原則として傷病手当金もありません。保険料と自己負担の両方を、退職前に比べましょう。