会社員や公務員ががんの治療で仕事を休み、給与が出ないとき、健康保険から「傷病手当金」が出ます。1日あたりの額は、直近12か月の標準報酬月額の平均を30で割り、3分の2を掛けた額です。標準報酬月額30万円の人なら1日6,667円、30日で約20万円。受け取れる期間は、支給が始まった日から通算して1年6か月です。2022年1月から「通算」になったので、復職して働いた期間は数えず、再び休んだときに残りを受け取れます。
傷病手当金を受け取れる4つの要件
協会けんぽは、次の4つをすべて満たすときに支給するとしています。健康保険組合や共済組合でも、法律で決まった部分の考え方は同じです。
| 要件 | 中身 | がんの治療で気をつけること |
|---|---|---|
| 1. 業務外の病気・ケガの療養 | 仕事や通勤が原因のものは労災保険の扱い | 自費で受けた診療でも、仕事に就けないことの証明があれば対象。自宅療養の期間も対象 |
| 2. 仕事に就けない(労務不能) | 今までしていた仕事ができない状態 | 医師の意見と、本人の仕事の内容をあわせて判断される |
| 3. 連続3日の待期を含めて4日以上休んだ | 休み始めて連続した3日間は支給されず、4日目から支給 | 待期には有給休暇や土日・祝日も含む。2日休んで3日目に出勤すると待期は成立しない |
| 4. 休んだ期間に給与が出ない | 給与が出ていれば支給されない | 給与が傷病手当金より少なければ、差額が出る |
対象は健康保険の被保険者本人だけです。家族の扶養に入っている人(被扶養者)には出ません。
国民健康保険には原則としてない
「自営業でも、休んだら健康保険から何か出るはず」と考えていませんか。実際は、国民健康保険で法律が必ず行うと決めている給付は、療養の給付や高額療養費などです。傷病手当金は「行うことができる」とされているだけで、行うかどうかは市町村や国保組合の条例・規約で決まります。自営業・フリーランスで市町村の国保に入っている人は、原則として受け取れません。業種ごとの国保組合に入っている人は、独自の給付があるか組合に確かめましょう。
1日あたりの額:計算式と計算例
計算式は次のとおりです。
支給開始日以前の継続した12か月間の各月の標準報酬月額の平均 ÷ 30 × 2/3
支給開始日は、最初に傷病手当金が支給された日(待期が明けた4日目)です。標準報酬月額は、保険料を計算するために給与を区切った等級の額で、毎月の給与明細の額とは少しずれます。協会けんぽの計算では、30で割った額の10円未満を四捨五入し、2/3を掛けた額の1円未満を四捨五入します。
| 例 | 計算 | 1日あたり | 30日分の目安 |
|---|---|---|---|
| 12か月とも標準報酬月額26万円 | 26万円÷30=8,670円(10円未満四捨五入)→ ×2/3 | 5,780円 | 173,400円 |
| 12か月とも標準報酬月額30万円 | 30万円÷30=10,000円 → ×2/3 | 6,667円 | 200,010円 |
| 16万円が6か月・18万円が6か月(協会けんぽの例) | 平均17万円÷30≒5,670円 → ×2/3 | 3,780円 | 113,400円 |
標準報酬月額30万円の人が1か月まるごと休むと、受け取るのは約20万円。給与の額面より約10万円少なくなります。家賃や住宅ローンなど毎月決まって出ていくお金と比べ、足りない額を休む前に見積もっておきましょう。休んでいる間の社会保険料の払い方は会社ごとに違うので、人事に確かめておくと安心です。
入社から12か月たっていない場合
支給開始日以前の期間が12か月に満たない人は、次の2つのうち低いほうで計算します。
- 支給開始日の属する月以前の、継続した各月の標準報酬月額の平均
- 協会けんぽの全被保険者の標準報酬月額の平均。支給開始日が2025年4月1日以降の人は32万円(それ以前は30万円)
入社8か月で標準報酬月額が36万円の人なら、低いほうの32万円を使います。32万円÷30=10,670円(10円未満四捨五入)、×2/3で1日7,113円です。転職して12か月以内に休む人は、前の勤務先も協会けんぽだった場合に限り、加入状況を申告する書類を添えます。
健康保険組合・共済組合の上乗せ
大企業の健康保険組合や公務員の共済組合には、法律で決まった額に独自の上乗せ(付加給付)をしているところがあります。額も期間も組合によって違うので、ここでは書きません。組合のホームページか、勤務先の人事・総務に「傷病手当金の付加金はありますか」と聞きましょう。
支給期間は通算1年6か月:2022年1月の改正
2021年までは、支給が始まった日から暦の上で1年6か月が過ぎると、その間に働いて受け取らなかった期間があっても打ち切りでした。2022年1月1日から、同じ病気について「支給を始めた日から通算して1年6か月」に変わりました。途中で復職して支給されない期間があれば、その日数分だけ後ろに繰り越せます。
1年6か月は、暦で数えて日数に直します。厚生労働省のQ&Aの例では、2022年3月4日に支給が始まった人の支給期間は549日間です。この人が合計79日分を受け取った時点で、残りは470日。その後に合計40日間働いた場合、満了日はその40日分だけ後ろにずれます。
がんの治療は、手術のあとに復職し、数か月後に抗がん剤の治療でまた休む、という順番になることがあります。通算になったことで、こうした「休む・働く」の繰り返しでも、働いた期間の分の支給期間が残ります。厚生労働省は改正の目的を「治療と仕事の両立の観点から、より柔軟な所得保障ができるよう」と説明しています。
給与や障害年金との調整で傷病手当金が1円も出なかった日は、1年6か月の支給期間が減りません。一部だけ支給された日は減ります。
がんの治療で起きやすいケース
抗がん剤の通院で、休む日と出勤する日がまじる
3週に1回の点滴の日と翌日を休み、残りの日は出勤する。こうした働き方では、傷病手当金の対象になるのは「仕事に就けなかった日」だけです。出勤した日は支給されません。申請書には、申請期間のうち出勤した日に〇をつける欄があります。
ここは見落としやすい点です。最初の待期3日は「連続して」休まないと成立しません。点滴の日と翌日の2日だけ休む働き方を続けていると、待期がいつまでも完成せず、1日も受け取れないままになります。厚生労働省のQ&Aの計算例では、待期は最初の1回だけで、同じ病気でその後に休んだ期間は初日から支給の日数に数えられています。手術や入院で一度まとまって休む人は、そこで待期が完成しているか確かめておきましょう。
休んだ日が「労務不能」と認められるかどうかは、医師の意見と仕事の内容で判断されます。通院のために半日だけ休んだ日などの扱いは、申請前に加入先へ問い合わせるのが確実です。
有給休暇を先に使うか、傷病手当金を先にするか
有給休暇を使った日は給与が出るので、傷病手当金は出ません。待期の3日間は有給休暇でも成立します。待期を有給休暇で埋め、4日目以降を欠勤にして傷病手当金を受け取る、という順番も選べます。どちらを先に使うかは会社の就業規則と相談しながら決めましょう。有給休暇は給与の全額が出るので、1日あたりの額は傷病手当金より多くなります。
再発・転移したとき:「同一の傷病」の考え方
法律は、通算1年6か月の範囲を「同一の疾病又は負傷及びこれにより発した疾病」としています。同じがんで休む期間は、1回目の休職と同じ支給期間から差し引かれるのが基本です。別の病気で休む場合は、病気ごとに支給期間が決まります。
では、何年もたってから同じがんが再発した場合や、転移が見つかった場合は「同一の傷病」でしょうか。今回確認した一次資料(協会けんぽの案内と厚生労働省のQ&A)には、再発や転移を一律にどう扱うかの基準は書かれていませんでした。このサイトでは断定しません。申請書の医師の記入欄には傷病名と初診日を書くので、前回の申請と同じ傷病として扱われるかどうかと、残りの支給日数を、申請の前に加入先へ確かめましょう。
障害年金・老齢年金・出産手当金との調整
| 同時に受け取るもの | 傷病手当金の扱い |
|---|---|
| 同じ病気による障害厚生年金 | 原則支給されない。年金額(同じ理由の障害基礎年金があれば合計)の360分の1が傷病手当金の日額より少なければ、差額が出る |
| 同じ病気による障害手当金(一時金) | 傷病手当金の合計が障害手当金の額に達するまで支給されない |
| 老齢年金(退職後に継続給付を受けている人) | 原則支給されない。年金額の360分の1が日額より少なければ差額が出る |
| 出産手当金 | 両方受けられる期間は出産手当金だけ。出産手当金のほうが少なければ差額が出る |
計算例を示します。傷病手当金の日額が6,667円で、同じがんによる障害厚生年金と障害基礎年金の合計が年180万円の場合、年金の日額は180万円÷360=5,000円。傷病手当金は差額の1,667円が1日分として出ます。別の病気による障害年金とは調整しません。
障害年金をさかのぼって受け取ることになると、すでに受け取った傷病手当金の全部か一部を返すよう求められます。障害年金の請求を考えている人は、障害年金(がんの場合)もあわせて読み、返す額が出る可能性を見込んでおきましょう。
申請の流れ:本人・会社・医師の3者が書く
申請書は「健康保険傷病手当金支給申請書」です。協会けんぽの様式は4ページで、書く人が分かれています。
| ページ | 書く人 | 主な中身 |
|---|---|---|
| 1〜2ページ | 本人(被保険者) | 振込先、申請期間、仕事の内容、傷病名、障害年金・老齢年金を受けているか |
| 3ページ | 会社(事業主) | 出勤した日、休んだ日に払った給与や手当の額 |
| 4ページ | 医師(療養担当者) | 労務不能と認めた期間、傷病名、初診日、症状の経過 |
協会けんぽは、1か月ごと、給与の締め日に合わせて申請するよう勧めています。給与が出たかどうかを会社が証明するためです。たとえば給与が月末締めの会社なら、10月分を11月の初めに会社へ頼み、そのあと病院で医師に書いてもらい、協会けんぽの都道府県支部へ郵送します。審査が終わって支払えるものは、受付から10営業日以内に振り込まれます。医師の記入には日数がかかることがあるので、休み始めたら早めに病院の窓口に頼みましょう。
時効は休んだ日ごとに2年
「あとでまとめて申請すればいい」と後回しにしていませんか。傷病手当金を受け取る権利は、休んだ日ごとにその翌日から2年で時効になります。厚生労働省のQ&Aの例では、2022年9月1日から30日まで休んだ分を2024年9月15日に請求すると、9月1日から14日までの14日分は時効で受け取れません。退職後や治療が落ち着いてから気づく人もいるので、休み始めた月から毎月申請するのが安全です。
申請の前に確かめること
- 加入している健康保険の名前(協会けんぽ/健康保険組合/共済組合/国民健康保険)
- 連続して3日休んだ日(待期)がいつ完成したか
- 休んだ日に給与・手当が出たか(有給休暇を使った日はどれか)
- 支給開始日以前12か月の勤務先が同じか(転職していれば加入状況を申告する書類が要る)
- 健康保険組合・共済組合なら付加給付があるか
- 同じがんで以前に傷病手当金を受けたことがあるか(残りの支給日数)
- 障害年金・老齢年金を受けているか、請求する予定があるか
- 医師に記入を頼む時期と、病院の受付窓口
- 会社を辞める予定があるなら、退職日に出勤しない段取りになっているか
最後の項目は、退職後も傷病手当金を受け続けるための条件です。被保険者期間が継続して1年以上あり、退職日に傷病手当金を受けているか受けられる状態なら、退職後も残りの期間を受け取れます。退職日に出勤すると、この条件を満たさなくなります。詳しくはがんで仕事を辞める前に確認することにまとめました。
相談記録から見えること
本村ユウジの相談記録(2010〜2026年の相談者3,192名)を単語で数えると、仕事の悩み(休職・退職・復職)に触れていた人は310名、約1割でした。一方、「傷病手当金」という制度の名前を書いてきた人は5名です。仕事を休むか辞めるかで悩んでいても、休んだ日に健康保険からお金が出ることを知らないまま相談してくる人が多い、ということです。休む日数が4日を超えそうになったら、まず会社の人事か加入先に「傷病手当金の申請書をください」と伝えましょう。休んでいる間の生活費が足りない場合は、がんで治療費が払えない・お金がないときも参考にしてください。医療費の自己負担そのものは高額療養費で月の上限が決まります。
よくある質問
パートやアルバイトでも受け取れますか?
勤務先の健康保険(協会けんぽや健康保険組合)に本人として加入していれば、雇用形態にかかわらず対象です。家族の扶養に入っている人や、市町村の国民健康保険に入っている人は原則として対象外です。
在宅勤務で少しだけ働いた日はどうなりますか?
働いた日は「仕事に就けなかった日」に当たらないため、原則として支給されません。仕事に就けるかどうかは、医師の意見と仕事の内容で判断されます。迷う日がある場合は、申請前に加入先へ問い合わせましょう。
1年6か月を使い切ったあとはどうなりますか?
同じ病気での傷病手当金は、通算1年6か月分を受け取ると終わります。その後も働けない状態が続く場合、障害年金の対象になることがあります。受け取れるかどうかは、このサイトでは判定しません。障害年金の手続きを、使い切る前に確かめておきましょう。
申請してからいつ振り込まれますか?
協会けんぽは、審査の結果支払えるものは受付から10営業日以内に支払うとしています。会社と医師の記入に日数がかかるので、休んだ月から実際の入金までは1か月以上空くこともあります。進み具合の問い合わせ先は、加入している協会けんぽの支部です。