医療費控除の額は「1年間に支払った医療費 − 保険金などで補てんされる金額 − 10万円」で、上限は200万円です(総所得金額等が200万円未満の人は、10万円の代わりに総所得金額等の5%)。がん治療で差し引くのは、高額療養費の払い戻しと、入院給付金のように医療費の補てんを目的とする給付です。差し引くのは、その給付の目的になった医療費の分まで。傷病手当金は差し引きません。申告を忘れていても、翌年1月1日から5年間はさかのぼって還付申告ができます。

医療費控除の計算式

医療費控除は、1月1日から12月31日までの1年間に支払った医療費が一定額を超えたとき、その分を所得から差し引く仕組みです。税金そのものが医療費の分だけ戻るわけではありません。所得が減った分に税率をかけた額だけ、所得税が軽くなります。

段階計算メモ
11年間に実際に支払った医療費の合計本人と、生計を一にする家族の分。未払いの分は入れない
21から「保険金などで補てんされる金額」を引く高額療養費、入院給付金など。給付の目的になった医療費の分まで
32から10万円を引く総所得金額等が200万円未満なら、総所得金額等の5%を引く
43が控除額上限200万円

「医療費が10万円を超えないと使えない」と思っていませんか。実際は、総所得金額等が200万円未満の人は、総所得金額等の5%を超えた分から使えます。総所得金額等が150万円なら、足切りの額は7万5千円。休職や退職で収入が減った年ほど、この規定を確かめる価値があります。

計算例:手術で入院し、その後通院した年

会社員の本人が、9月に手術で入院し、その後は外来で通院した年を例にします。

項目金額
病院・薬局の窓口で1年間に払った額500,000円(うち9月の入院が300,000円)
通院の電車・バス代(往復の記録あり)20,000円
9月分の高額療養費の払い戻し207,060円
がん保険の入院給付金(9月の入院分)50,000円

9月は総医療費100万円の月で、窓口の3割負担が30万円。年収約370〜770万円の区分ウなら、2026年8月診療分からの上限は85,800円+(100万円−28万6千円)×1%=92,940円です。限度額の手続きをせず窓口で30万円を払った場合、あとから差額の207,060円が戻ります。

  • 支払った医療費:500,000円+20,000円=520,000円
  • 補てんされる金額:207,060円+50,000円=257,060円(9月の入院費300,000円の範囲に収まっている)
  • 控除額:520,000円−257,060円−100,000円=162,940円

課税される所得金額が195万円から330万円未満の人は、所得税の税率が10%です。この場合、所得税は162,940円×10%で約16,000円軽くなります(復興特別所得税は別)。税率は所得で5%から45%まで7段階あり、所得が高い人ほど軽くなる額も大きくなります。

限度額適用認定証やマイナ保険証で、窓口の支払いが最初から92,940円に抑えられていた場合はどうか。払い戻しがないので、高額療養費を差し引く必要もありません。窓口で払った額をそのまま合計します。手続きの詳しい流れは高額療養費のページにまとめています。

がん保険の給付金:差し引くもの・差し引かないもの

ここが一番迷うところです。国税庁の通達(所得税基本通達73-8・73-9)は、差し引くものを「医療費の補塡を目的として支払を受ける」保険金や給付金としています。基準は給付の名前ではなく、何のために払われるかです。

給付扱い根拠
高額療養費差し引くNo.1120、通達73-8(1)
入院給付金(入院費給付金)差し引く。その入院の医療費の分までNo.1120、No.1126、通達73-8(2)
手術給付金・通院給付金など、医療保険金として払われるもの医療費の補てんが目的なら差し引く。目的になった医療費の分まで通達73-8(2)「医療保険金又は入院費給付金等」
傷病手当金差し引かない通達73-9(2)
死亡・重度障害、療養で働けないことに基因して払われる保険金差し引かない通達73-9(1)
勤め先からの見舞金など差し引かない(任意の互助組織の給付金は除く)通達73-9(3)
診断給付金(診断一時金)国税庁の資料に名指しの判断なし下の説明を参照

差し引くのは「その給付の目的になった医療費」の分まで

No.1120は、補てんされる金額は「その給付の目的となった医療費の金額を限度として差し引きます」としています。引ききれない分があっても、他の医療費からは差し引きません。

たとえば、入院費が90,000円で、その入院に対する入院給付金が200,000円だったとします。差し引くのは90,000円まで。残りの110,000円を、外来の抗がん剤治療の支払いから引く必要はありません。国税庁の質疑応答事例「支払った医療費を超える補填金」も、入院給付金が入院費を上回った分を歯の治療費から差し引く必要はない、と答えています。入院給付金を全額まとめて引いてしまうと、控除額を少なく計算することになります。

診断給付金は、国税庁が名指しで判断していない

がんと診断されたときに一度に払われる診断給付金について、国税庁のタックスアンサー・質疑応答事例・通達を確かめましたが、この給付を名指しした判断は見つかりませんでした。判断の基準は通達と同じで、「医療費の補塡を目的として」払われるものかどうかです。保険の約款で、その給付が何を理由に払われるのかを確かめましょう。判断に迷うときは、約款の写しを持って税務署に聞くのが確実です。

保険金の額がまだ決まっていないとき

12月に入院して、確定申告の時点で入院給付金の額が決まっていないことがあります。この場合は見込額を差し引いて申告し、あとで確定額が違ったら修正申告か更正の請求で直します(通達73-10)。入院費の支払いが12月と翌年1月に分かれたときは、保険金を支払った入院費の額に応じて各年に分けます。

対象になる費用・ならない費用

医療費控除の対象は、医師による診療や治療の対価と、それを受けるために直接必要な費用です。がん治療でよく出てくる支出を並べます。

支出扱い
病院・薬局の窓口で払った自己負担対象
通院の電車・バス代対象
タクシー代原則対象外。病状から急を要する場合や、電車・バスが利用できない場合は対象
自家用車のガソリン代・駐車場代対象外
付き添いの家族の交通費患者の年齢や病状から一人で通院させるのが危険な場合は対象
入院中の家族の見舞い・世話に通う交通費対象外
入院中の病院の食事対象(出前・外食は対象外)
寝巻き・洗面具などの身の回り品対象外
医師・看護師へのお礼対象外
本人や家族の都合で選んだ個室の差額ベッド代対象外

ガソリン代を入れていませんか。国税庁の質疑応答事例は、自家用車で通院する場合のガソリン代や駐車場の料金は医療費控除の対象とはならないと明記しています。対象になる通院費は、電車賃やバス賃のように「人的役務の提供の対価」として払うものです。電車とバスの運賃は領収書が出ないことが多いので、通院日・区間・金額を手帳や家計簿に書いておきましょう。

遠くの病院に通う場合も、近くの病院で治療できるなら旅費は対象外です。遠隔地の病院でなければ治療ができない相当の理由がある場合は、原則として対象になります。

差額ベッド代

国税庁のNo.1126は、本人や家族の都合だけで個室に入院したときなどの差額ベッド料は対象にならないとしています。部屋代が対象になるのは、診療を受けるため直接必要で、かつ通常必要なものに限られます。

ウィッグ(医療用かつら)

抗がん剤による脱毛に備えて、ウィッグを用意する人もいます。国税庁のタックスアンサー・質疑応答事例を確かめましたが、医療用かつらを名指しして対象かどうかを示した判断は見つかりませんでした。No.1122が対象として挙げる器具は、義手・義足・松葉杖・補聴器・義歯・眼鏡など、診療や治療を受けるために直接必要なものです。ウィッグはこの列挙に入っていません。控除の対象になる前提で計算に入れず、どうしても入れたい場合は税務署に確かめてからにしましょう。

ウィッグの購入費を助成している自治体があります。額や対象者は自治体により異なるので、住んでいる市区町村の窓口で確かめましょう。

先進医療・自由診療の費用

国税庁が示す基準は、保険がきくかどうかではありません。「医師または歯科医師による診療または治療の対価」で、「その病状などに応じて一般的に支出される水準を著しく超えない部分の金額」かどうかです。保険がきかない費用でも、治療の対価であれば対象になりえます。厚生労働省も、先進医療で発行される領収書について、医療費控除を受ける場合に必要になるので大切に保管するよう案内しています。

保険外の費用は、マイナポータルから取り込む医療費通知情報に含まれないことに注意しましょう。国税庁は、保険適用外の「特別の料金」が医療費通知情報に含まれないため、領収書から明細書を作る必要があると注記しています。先進医療の技術料など保険外の支払いは、領収書を残して自分で明細書に書くのが確実です。保険診療との併用の仕組みと費用は自由診療を勧められたらで説明しています。

家族の医療費をまとめる

医療費控除は、自分と「生計を一にする配偶者その他の親族」のために支払った医療費が対象です。控除を受けるのは、医療費を実際に支払った人です。

  • 共働きの夫婦でも、夫が妻の医療費を払えば夫の控除の対象になる。親族の側に所得の要件はない
  • 同じ家に住んでいなくても、常に生活費や療養費の送金をしている場合などは「生計を一にする」に当たる
  • 家族全員の1年分を合計してから10万円を引くので、別々に申告するより足切りが1回で済む

がんの治療で本人が休職し、収入が大きく下がる年があります。本人の所得税がほとんどかからない年は、本人が申告しても戻る税金はわずかです。その場合、家族の医療費を誰が払うかで、軽くなる税額が変わります。家族のなかで誰の名前で払っているかを、領収書の段階から意識しておきましょう。

セルフメディケーション税制との選択

市販薬の購入費を対象にするセルフメディケーション税制は、対象の医薬品の購入費のうち12,000円を超える部分(上限88,000円)を控除する特例です。通常の医療費控除とはどちらか一方しか使えません。セルフメディケーション税制を選んで申告すると、あとから更正の請求や修正申告で通常の医療費控除に切り替えることもできません。医療費が多い年は、両方の控除額を計算してから選びましょう。

申告の手続きと期限

いつやること
1月〜12月領収書を保管する。通院の電車・バス代を記録する。保険の給付金の明細を残す
翌年1月以降医療保険者の医療費通知、またはマイナポータル連携で医療費通知情報を用意する
原則翌年3月15日まで所得税の法定申告期限。確定申告書に「医療費控除の明細書」を添付して、住所地の税務署に出す
翌年1月1日から5年間還付申告の提出期間。確定申告の義務がない会社員などは、この期間内ならさかのぼって申告できる
申告期限等から5年税務署から領収書の提示・提出を求められる場合がある期間。医療費通知を添付した分を除き、領収書を保管する

「3月15日を過ぎたら、もう間に合わない」。そう考えてあきらめる人がいます。会社員で年末調整を受けていて、医療費控除で税金が戻るだけの人は還付申告になり、提出期間は翌年1月1日から5年間です。治療に追われて申告どころではなかった年も、落ち着いてから取り戻せます。年の途中で退職して年末調整を受けていない人も、還付申告で源泉徴収された税金が戻ることがあります。仕事を辞める前後のお金の整理はがんで仕事を辞める前にへ。

医療保険者から届く医療費通知や、マイナポータル連携で取り込む医療費通知情報を使うと、明細書の記載の簡略化が可能です。国税庁の確定申告書等作成コーナーには「医療費集計フォーム」があり、領収書が多い人は表計算ソフトで入力した一覧をそのまま読み込めます。

申告の前に揃えるもの

  • 病院・薬局の領収書(保険外の支払いの領収書は特に)
  • 医療保険者の医療費通知、またはマイナポータルの医療費通知情報
  • 通院の電車・バス代の記録(日付・区間・金額)
  • 高額療養費の支給決定通知書(払い戻しを受けた月と額)
  • がん保険の給付金の支払明細(入院給付金がどの入院分か、診断給付金の支払理由)
  • 源泉徴収票(会社員の場合)
  • 家族の医療費をまとめる場合は、家族分の領収書と、誰が支払ったかの記録

がん治療の年に起きやすい落とし穴

がんの治療は年単位で続き、年をまたぐことがよくあります。医療費控除は支払った年で数えるので、12月に退院して支払いが1月になると、その入院費は翌年分です。2年に分かれると、10万円の足切りはそれぞれの年にかかる仕組みです。

高額療養費の払い戻しは、診療から数か月後に届くことがあります。申告のときに額が決まっていなければ、見込額を差し引いて申告します。支給決定通知書が届いたら額を照らし合わせましょう。

傷病手当金を受け取った年でも、医療費から差し引く必要はありません。通達73-9は、傷病手当金を補てんされる金額に当たらないものとして挙げています。

よくある質問

がん保険の診断給付金は、医療費から差し引きますか?

国税庁の資料に、診断給付金を名指しした判断は見つかりませんでした。差し引くかどうかの基準は、その給付が「医療費の補塡を目的として」払われるものかどうかです(所得税基本通達73-8)。約款で支払理由を確かめ、迷う場合は税務署に確認しましょう。

入院給付金が入院費より多かった場合、残りは他の医療費から引きますか?

引きません。補てんされる金額は、その給付の目的となった医療費の額を限度に差し引きます。入院費を超えた分を、通院や薬代から引く必要はありません。

医療用ウィッグの購入費は医療費控除の対象ですか?

国税庁のタックスアンサー・質疑応答事例には、医療用かつらを名指しした判断がありません。No.1122が挙げる義手・義足・補聴器・眼鏡などの列挙にも入っていません。対象になる前提で計算せず、入れたい場合は事前に税務署で確かめましょう。

去年の分を申告し忘れました。今からでも間に合いますか?

税金が戻るだけの還付申告なら、その年の翌年1月1日から5年間提出できます。年末調整を受けている会社員なら、たいていこれに当たります。

家族の医療費もまとめて申告できますか?

生計を一にする配偶者や親族の医療費は、実際に支払った人がまとめて申告できます。共働きでも、別居でも仕送りで生活を支えている親なら対象になります。