がんで会社を辞めても、健康保険の傷病手当金は退職後も受け取れます。条件は2つ。退職日までに健康保険の被保険者期間が継続して1年以上あること、そして退職日に傷病手当金を受けているか、受けられる状態であることです。退職日に出勤すると、退職後の分は1円も出ません。標準報酬月額30万円の人なら1日6,667円、1年分で約243万円。辞める日の過ごし方ひとつで、これだけの差がつきます。
辞める前に確かめる3つのこと
退職のタイミングで変わるお金は、大きく3つあります。
| お金 | 辞める前に確かめること | 間違えたときの影響 |
|---|---|---|
| 傷病手当金(健康保険) | 被保険者期間が継続1年以上か。退職日に休んでいるか | 退職後の分(最長で通算1年6か月の残り)を受け取れない |
| 退職後の健康保険 | 任意継続・国民健康保険・家族の扶養のどれにするか | 任意継続は退職日の翌日から20日を過ぎると入れない |
| 雇用保険の基本手当 | 療養中は受け取れない。受給期間の延長を申請する | 原則1年の受給期間が過ぎ、働けるようになったときに受け取れない |
仕事を辞めるかどうかは、このページでは決めません。治療の見通し、職場の制度、家計によって答えが違うからです。ここで書くのは、どちらを選んでも損をしないために、辞める前に済ませておくことです。
退職後も傷病手当金を受け取るための条件
「会社を辞めたら、傷病手当金はもう出ない」。そう思っていませんか。実際は、次の条件を満たせば、退職後も支給期間の残りを受け取れます。協会けんぽは「資格喪失後の継続給付」と呼んでいます。
| 条件 | 中身 |
|---|---|
| 1. 被保険者期間が継続して1年以上 | 退職日までに、健康保険の被保険者だった期間が続けて1年以上。任意継続・共済組合の組合員・国民健康保険の期間は数えない |
| 2. 退職日に受けているか、受けられる状態 | 業務外の病気で、仕事に就けず、連続3日の待期を含めて4日以上休んでいる |
| 3. 退職日に出勤しない | 出勤すると2の条件を満たさず、退職日の翌日以降は支給されない |
| 4. 退職後も同じ病気で働けない状態が続く | 一度でも働ける状態になると、その後また働けなくなっても支給されない |
3は2に含まれる条件ですが、協会けんぽがわざわざ注意書きにしている点なので分けました。最終出社日のあとに有給休暇の消化期間を挟み、退職日には出社しない、という辞め方なら問題は起きにくくなります。あいさつや荷物の片付けで退職日に会社へ行く予定がある人は、その日が出勤の扱いになるかどうか、会社と加入先に先に確かめましょう。
失う額を数字で見る
標準報酬月額が12か月とも30万円の人の場合、傷病手当金は1日6,667円です。退職後に1年間(365日)働けない状態が続けば、6,667円×365日=2,433,455円。退職日に1日出勤しただけで、この約243万円を受け取れなくなります。支給期間は支給開始日から通算1年6か月なので、在職中に受け取った日数を引いた残りが上限です。
転職して1年たっていない人
入社から1年未満で辞めると、1の条件を満たさない可能性があります。前の勤務先の健康保険の期間を合わせて「継続して1年以上」と数えられるかどうかは、加入先に確かめましょう。満たさない場合でも、在職中の休んだ期間の傷病手当金は受け取れます。退職日の前日までの分は、退職後でも申請できます。
任意継続に入るかどうかとは関係がない
「任意継続に入らないと、退職後の傷病手当金は出ない」というのも誤解です。継続給付は、在職中からの要件を満たしていれば、退職後に国保へ移っても家族の扶養に入っても受け取れます。逆に、任意継続に入ったあとで新しくかかった病気には、傷病手当金は出ません。
傷病手当金そのものの計算式や、抗がん剤の通院で休む日と出勤する日がまじる場合の扱いは、傷病手当金(がんの場合)にまとめています。
退職後の健康保険:任意継続・国保・家族の扶養
退職日の翌日に、会社の健康保険の資格はなくなります。翌日から入る健康保険を、次の3つから選びます。
| 任意継続(協会けんぽの場合) | 国民健康保険 | 家族の健康保険(被扶養者) | |
|---|---|---|---|
| 入れる人 | 退職日までに被保険者期間が継続して2か月以上 | ほかの健康保険に入らない人 | 年間収入130万円未満(60歳以上や一定の障害のある人は180万円未満)などの条件を満たす人 |
| 手続きの期限・窓口 | 退職日の翌日から20日以内。住所地の協会けんぽ支部 | 住所地の市区町村の国保の窓口 | 家族の勤務先 |
| 保険料 | 退職時の標準報酬月額×都道府県の保険料率。会社負担がなくなり、在職中のおおむね2倍。原則2年間変わらない | 前年の所得や世帯の人数で決まる。計算方法は市区町村ごとに違う。減免制度がある | 本人の負担なし |
| 上限 | 2026年度は標準報酬月額32万円で計算(それより高かった人も32万円) | 市区町村ごとに違う | なし |
| 加入できる期間 | 2年間 | 制限なし | 扶養の条件を満たす間 |
どれが安いかは、前年の所得、住んでいる市区町村、家族の人数で変わります。任意継続の保険料は協会けんぽの支部で、国保の保険料は市区町村の窓口で、退職前に見積もってもらいましょう。任意継続の手続きは退職日の翌日から20日以内なので、比べる時間は長くありません。
任意継続は、毎月10日の納付期限までに保険料を納めないと資格を失います。半年分か1年分をまとめて納める前納制度を使うと、年4%(複利現価法)の割引になり、納め忘れも防げます。家族を扶養に入れても、その家族の分の保険料はかかりません。
家族の扶養に入る場合、退職後に受け取る傷病手当金や雇用保険の給付を扶養の収入の条件でどう数えるかは、家族の勤務先を通して、家族が加入している健康保険に確かめましょう。
健康保険が変わっても、医療費の自己負担に月の上限がかかる高額療養費の仕組みは、どの健康保険にもあります。退職月をまたいで入院や通院が続く人は、新しい加入先での限度額の扱いも確かめておきましょう。
雇用保険の基本手当は「働ける状態」が前提
雇用保険の基本手当(いわゆる失業手当)は、ハローワークで求職の申込みをし、いつでも就職できる能力があるのに仕事に就けない「失業の状態」の人に出ます。ハローワークは、病気やけがですぐには就職できないときは基本手当を受けられない、と明記しています。療養中で傷病手当金を受けている間は、基本手当は受け取れません。
ここは見落としやすい点です。基本手当を受け取れる期間(受給期間)は、原則として離職日の翌日から1年間。療養している間に1年が過ぎると、働けるようになったころには受け取れる期間が終わっています。
受給期間の延長を申請する
病気やけがで引き続き30日以上働けなくなったときは、働けなかった日数だけ受給期間を延ばせます。延長できるのは最長3年で、もとの1年と合わせて最大4年です。
| 時期 | すること | 窓口 |
|---|---|---|
| 退職前 | 離職票を受け取る段取りを会社と確かめる | 会社の人事 |
| 退職後 | 傷病手当金(継続給付)の申請を続ける | 加入していた健康保険 |
| 引き続き30日以上働けなくなった日の翌日以降、早めに | 基本手当の受給期間の延長を申請する | 住所地を管轄するハローワーク(代理人・郵送でも可) |
| 働けるようになったら | 求職の申込みをして、基本手当の手続きをする | 住所地を管轄するハローワーク |
延長の申請は、延長後の受給期間の最後の日までなら受け付けてもらえます。それでも原則は早めの申請です。退職後の手続きが重なる時期なので、傷病手当金の申請書を出すときに一緒に済ませると忘れません。基本手当を受け取るには、離職日以前2年間に雇用保険の被保険者期間が通算12か月以上あることも必要です。病気による退職が離職理由の判断でどう扱われるかは、ハローワークが決めます。
休職制度・病気休暇は会社ごとに違う
退職の前に、会社の休職制度を確かめましょう。休職できる期間、休職中に給与が出るか、期間が終わっても復職できないときにどうなるか(自然退職か、解雇か)は、法律で一律に決まっていません。就業規則に書かれています。公務員の病気休暇・休職は、職場の人事担当に確かめましょう。
休職して給与が出なければ、在籍したまま傷病手当金を受け取れます。健康保険の資格も続くので、保険料の払い方は会社と相談しましょう。2026年度から、治療と就業の両立支援が事業主の努力義務になりました(労働施策総合推進法の改正)。短時間勤務や通院のための休暇などの制度があるか、辞める前に会社へ聞いてみましょう。
退職と休職で変わるお金の比較
| 項目 | 休職して在籍を続ける | 退職する |
|---|---|---|
| 傷病手当金 | 受け取れる(通算1年6か月まで) | 継続給付の条件を満たせば残りを受け取れる。満たさなければ退職日まで |
| 健康保険 | 会社の健康保険のまま | 任意継続・国保・家族の扶養から選ぶ |
| 健康保険料 | 在職中と同じ(会社と折半) | 任意継続はおおむね2倍。国保は市区町村ごと。扶養なら負担なし |
| 健康保険組合の付加給付 | 組合の規約による | 退職後は組合の規約による(組合に確かめる) |
| 雇用保険の基本手当 | 対象外(在籍中) | 療養中は受け取れない。受給期間の延長を申請 |
| 復職の道 | 休職期間内なら残る | 再就職を探す(ハローワークの専門相談員など) |
収入だけを見れば、休職して傷病手当金を受け取る形と、退職して継続給付を受け取る形で、傷病手当金の額は変わりません。違いが出るのは、健康保険料と、治療が落ち着いたときに戻れる場所があるかどうかです。
辞める前のチェックリスト
- 今の健康保険の被保険者期間が、退職日まで継続して1年以上あるか
- 連続3日の待期が終わり、傷病手当金を受けているか、受けられる状態か
- 退職日に出勤しない段取りになっているか(あいさつ・片付けの日を含めて)
- 就業規則の休職期間、休職中の給与、期間満了時の扱い
- 健康保険組合・共済組合なら、退職後の付加給付の扱い
- 任意継続の保険料の見積もり(協会けんぽ支部)と、国保の保険料の見積もり(市区町村)
- 家族の扶養に入れるか(家族の勤務先に確認)
- 離職票を受け取る時期と、雇用保険の受給期間の延長の申請先(住所地のハローワーク)
- 障害年金・老齢年金を受けているか、請求する予定があるか(傷病手当金と調整される)
最後の項目は、年金を受けると傷病手当金が減ったり止まったりする場合があるためです。仕組みは傷病手当金の記事と障害年金の記事で説明しています。
辞めるかどうかを相談できる窓口
本村ユウジの相談記録(2010〜2026年の相談者3,192名)を単語で数えると、休職・退職・復職など仕事の悩みに触れた人は310名(9.7%)で、お金に関わる話題の中で一番多い悩みでした。仕事の悩みは、治療費の額(244名)よりも多く書かれています。辞めるかどうかを一人で決める前に、次の窓口が使えます。
- 会社の産業医・人事・上司:休職制度、短時間勤務、通院のための休暇の使い方
- 産業保健総合支援センター(さんぽセンター):都道府県ごとにあり、両立支援の専門の相談員が本人と会社の間の調整も支援する
- がん相談支援センター:がん診療連携拠点病院の中にあり、就労に関する相談も受け、必要に応じてさんぽセンターやハローワークと連携する
- ハローワークの長期療養者の専門相談員:がんなどで長期の療養が必要な人の就職を支援。がん相談支援センターと連携し、病院への出張相談もある。配置されているハローワークは厚生労働省の一覧で確かめる
退職して収入が減り、生活費が足りなくなりそうな場合は、がんで治療費が払えない・お金がないときで使える制度をまとめています。
よくある質問
退職日を有給休暇にしても大丈夫ですか?
退職後の継続給付で問われるのは、退職日に出勤していないことと、病気で仕事に就けない状態であることです。有給休暇を使った日は給与が出るので、その日の傷病手当金は出ません。退職日を有給休暇にする場合の扱いは、手続きの前に加入先へ確かめましょう。
退職後に傷病手当金をもらいながら、失業手当も受け取れますか?
同じ期間には受け取れません。傷病手当金は仕事に就けないことが条件で、雇用保険の基本手当はいつでも就職できることが条件だからです。療養中は基本手当の受給期間の延長を申請し、働けるようになってから基本手当の手続きをします。
任意継続と国保は、途中で切り替えられますか?
任意継続は、本人が希望して申し出れば資格を失います。そのあと国保や家族の扶養に入る手続きをします。保険料を比べ直す時期として、国保の保険料が前年の所得で決まることを覚えておきましょう。退職してしばらくは、在職中の所得をもとに計算される時期が続きます。
パートで働いていますが、同じ条件ですか?
勤務先の健康保険に本人として加入していれば、雇用形態にかかわらず同じ条件です。家族の扶養に入っている人や、国民健康保険に入っている人は、もともと傷病手当金の対象ではありません。