治療をやめる前に、負担がどこまで下がるかを確かめましょう。保険がきく治療なら、窓口の支払いには月の上限があります。年収約370万円までの人は月61,500円、住民税非課税の人は月36,900円です。上限に届く月が続けば4か月目からさらに下がり、8月から翌年7月までの年間でも上限があります。生活保護の医療扶助を受ければ、医療費の本人負担はありません。下がりきらない分には、貸付や傷病手当金があります。

「お金がないから治療をやめる」と決める前に

本村ユウジの相談記録を数えると、2010〜2026年の相談者3,192名のうち181名(5.7%)が「生活費・お金がない」ことに触れていました。医療の相談窓口に届いたメールでも、約18人に1人がお金の不安を書いていたことになります。

同じ記録から見えるのは、制度の名前で相談してくる人がほとんどいないことです。高額療養費や限度額について書いた人は30名(0.9%)にとどまります。多くの人は「お金がない」「払えない」と、自分の言葉で困りごとを書いてきます。制度を知らないまま、払えるかどうかを3割負担の金額で考えてしまう。ここが一番のつまずきです。

「治療費は毎月、医療費の3割がかかり続ける」と思っていませんか。実際は、保険がきく治療の自己負担には月の上限があり、上限を超えた分は払わなくて済むか、あとで戻ってきます。まず自分の上限を知り、そこから先に使える制度を順に当てはめていきましょう。

1. 月の上限を知る(高額療養費)

高額療養費は、1か月の医療費の自己負担に上限を設ける制度です。会社員の健康保険(協会けんぽ・健康保険組合・共済組合)でも国民健康保険でも使えます。70歳未満の人の上限は、2026年8月診療分から次のとおりです。

区分所得の目安月の上限4か月目から年間上限(8月〜翌年7月)
ウ年収約370〜770万円85,800円+(総医療費−286,000円)×1%44,400円53万円
エ〜年収約370万円61,500円44,400円53万円
オ住民税非課税36,900円24,600円29万円

年収約770万円を超える区分ア・イの上限は、高額療養費のページに載せています。

がんの治療は年単位で続くことがあります。区分エの人が8月から翌年7月まで毎月上限に届いた場合の計算です。最初の3か月は61,500円×3=184,500円、4か月目からの9か月は44,400円×9=399,600円で、合計584,100円。ただし年間上限が53万円なので、この12か月の負担は53万円で止まります。月にならすと約44,200円です。

住民税非課税(区分オ)なら、同じ計算で36,900円×3+24,600円×9=332,100円。年間上限の29万円で止まり、月平均は約24,200円です。

入院の月と通院だけの月が混ざる人は、月ごとの総医療費を高額療養費の計算ツールに入れてみましょう。区分を選べば、多数回該当と年間上限まで含めた自己負担を計算できます。

上限の対象は、保険がきく医療費の自己負担だけです。差額ベッド代、入院中の食事代、保険のきかない診療の費用は含まれません。治療費の全体像はがんの治療費はいくらかかるかで整理しています。

2. 窓口で立て替えない(マイナ保険証・限度額適用認定証)

上限があっても、窓口でいったん3割を払うと、手元のお金が一時的に足りなくなります。総医療費60万円の入院なら、3割で18万円です。払い戻しを待つあいだの数十万円が、治療をためらう理由になりかねません。

マイナ保険証で受診すれば、窓口の支払いは最初から上限で止まります。資格確認書で受診する人は、限度額適用認定証を前もって申請しましょう。住民税非課税の人は、マイナ保険証でも別の認定証の申請が要る場合があります。手順は限度額適用認定証のページにまとめました。

3. 払い戻しを待てないとき(貸付・受領委任払い)

認定証が間に合わず、すでに窓口で大きな額を請求された。そんなときに使える仕組みが、保険者ごとに用意されています。

加入先仕組み中身
協会けんぽ高額医療費貸付制度高額療養費の支給見込額の8割を無利子で貸す。返済は高額療養費の支給額を充てる
国民健康保険高額療養費の資金貸付・受領委任払い実施するかどうかと条件を市区町村が決めている。受領委任払いは、窓口で上限額だけを払い、残りは市区町村から病院へ直接払う方式
健康保険組合・共済組合組合ごと貸付の有無を組合に確かめる

協会けんぽの貸付では、病院が出した医療費の請求書(保険点数がわかるもの)、借用書、高額療養費支給申請書をそろえて、都道府県支部に出します。たとえば請求が18万円、上限が36,900円なら、支給見込額は143,100円。その8割、およそ11万4千円を無利子で借りられます。

4. 収入が途絶えたとき(傷病手当金)

治療費と同じくらい重いのが、休んでいるあいだの収入です。会社員や公務員で健康保険に入っている人は、傷病手当金を受けられます。

  • 連続3日休んだあと、4日目から支給
  • 1日あたりの額は、支給開始日以前12か月の標準報酬月額の平均を30で割り、3分の2を掛けた額
  • 支給期間は、支給を開始した日から通算1年6か月

標準報酬月額の平均が30万円なら、30万円÷30=1万円、その3分の2で1日6,667円です。30日分で約20万円になります。抗がん剤の点滴で月に数日だけ休む働き方でも、休んだ日ごとに対象になります。支給期間は通算なので、出勤した日は数えません。同じ病気でまた休むことになったら、残りの期間を使えます。

国民健康保険には、原則として傷病手当金がありません。自営業やフリーランスの人は、このあとの貸付や生活保護の相談に進みましょう。

借りる前に、請求していないお金を確かめる

新しく借りる前に、受け取れるのにまだ請求していないお金がないかを洗い出しましょう。治療が始まった直後の数か月は、手続きが後回しになりがちです。次の3つは、期限内ならさかのぼって請求できます。

お金請求の期限見落としやすい点
高額療養費(窓口で払いすぎた分)診療月の翌月1日から2年認定証が間に合わなかった月。家族の分や、別の医療機関で21,000円以上払った分を足すと上限を超える月
傷病手当金休んだ日ごとに、その翌日から2年待期の3日には有給休暇や土日祝日も含まれる。給与が出なかった日が対象
医療費控除(所得税の還付)医療費を払った年の翌年1月1日から5年確定申告書に医療費控除の明細書を付けて出す。家族の分も、生計が同じなら払った人がまとめて申告できる

たとえば区分エの人が、認定証のないまま外来で総医療費40万円の治療を受け、3割の12万円を払った月があったとします。上限61,500円との差の58,500円は、2年以内なら今からでも申請できます。同じ月に、同じ健康保険に入る家族も1つの医療機関で21,000円以上払っていれば、その分も足して計算し直しましょう。戻る額がさらに増えます。

5. 生活費が足りないとき(生活福祉資金貸付)

生活福祉資金は、都道府県の社会福祉協議会が行う貸付です。申込みと相談は、住んでいる市区町村の社会福祉協議会で受け付けています。対象は、住民税非課税程度の低所得世帯、障害者手帳を持つ人のいる世帯、65歳以上の人がいる世帯です。

資金使いみち限度額利子
緊急小口資金緊急かつ一時的に生活が苦しくなったときの少額の費用10万円以内無利子・保証人不要
福祉資金(福祉費)病気の療養に必要な経費と、療養期間中の生活費など用途ごとに目安額(全体で580万円以内)保証人ありは無利子、なしは年1.5%
総合支援資金(生活支援費)生活を立て直すまでの生活費2人以上の世帯は月20万円以内、単身は月15万円以内(原則3か月)同上

緊急小口資金は、借りた日から2か月の据置期間のあと、12か月以内に返します。療養のための福祉費の具体的な目安額や、審査にかかる日数は社会福祉協議会で確かめましょう。

ここは見落としやすい点です。生活福祉資金はもらえるお金ではなく、借りるお金です。貸付の決定では、返せる見込みがあるかどうかも考慮されます。借りる前に、高額療養費と傷病手当金で負担と収入がどう変わるかを先に計算しておくと、借りる額を小さくできます。

6. それでも暮らしが成り立たないとき(生活保護の医療扶助)

「生活保護は、働けない高齢者のための制度」と思っていませんか。厚生労働省が示す要件は、資産や働く力などを活用したうえで、世帯の収入が国の定める最低生活費に満たないことです。年齢は要件に入っていません。医療については医療扶助があり、医療費は福祉事務所から医療機関へ直接払われ、本人の負担はありません。

受けられるかどうかは、福祉事務所が世帯単位で調べて決めます。預貯金や不動産などの資産、働く力、年金や手当など他の制度、親族からの援助を先に活用することが前提です。申請すると、家庭訪問、資産や扶養の可否、年金などの調査があります。

相談先は、住んでいる地域の福祉事務所の生活保護担当です。福祉事務所のない町村では、町村役場でも申請できます。事前の相談では、生活福祉資金など他の制度が使えるかもあわせて検討してもらえます。自分が対象かどうかを先に決めつけず、まず相談に行きましょう。

7. 病院に「払えない」と伝える

全国のがん診療連携拠点病院などには、がん相談支援センターがあります。看護師や、生活全般の相談ができるソーシャルワーカーが相談員です。がん相談支援センターは、患者も家族も、その病院に通っていない人も、無料・匿名で使えます。お金や仕事の相談もでき、相談した内容が本人の同意なく担当医に伝わることはありません。

病院の会計窓口では、支払いの分割や時期について相談できる場合があります。応じるかどうかは病院ごとに違うので、未払いが積み上がる前に、医療ソーシャルワーカーと一緒に会計窓口へ行くのが確実です。この記事に並べた制度のうち、どれが自分に使えるかを一緒に整理してもらうこともできます。

治療を続けるかどうかを決める前に

ここまでの制度を全部使っても、お金の不安が消えるとは限りません。治療を続けるか、変えるか、減らすか。その判断は病状と治療の見通しによって変わるもので、この記事では立ち入りません。

ただ、お金を理由に治療を変えるなら、主治医がその理由を知らないまま話が進むのは避けたいところです。判断の前に、主治医とがん相談支援センターに費用の不安をそのまま伝えましょう。「月にいくらまでなら払えるか」を数字で伝えると、話が具体的になります。

使う順番と、窓口に行く前に確かめること

順番やること窓口
1自分の高額療養費の区分と月の上限を確かめる加入している保険者
2マイナ保険証で受診する。資格確認書の人は認定証を申請する保険者
3立て替えた分の払い戻しを申請する。待てなければ貸付を相談する保険者・市区町村の国保窓口
4休んでいる人は傷病手当金を申請する勤め先・保険者
5病院の医療ソーシャルワーカー、がん相談支援センターに相談する病院
6生活費が足りなければ生活福祉資金を相談する市区町村の社会福祉協議会
7それでも足りなければ生活保護を相談する福祉事務所
  • 加入している健康保険の名前(協会けんぽ・健康保険組合・共済組合・国民健康保険)
  • 直近3か月の病院と薬局の領収書
  • 今後の治療の予定(入院の時期、通院の間隔)を主治医か看護師に聞いたメモ
  • 世帯の収入(給与明細、年金の通知)と、毎月の家賃・ローン・光熱費
  • 預貯金の残高と、入っている民間の保険(がん保険の診断給付金が請求できないか)
  • 住民税が非課税かどうか(市区町村の課税証明書でわかる)

窓口では「お金がない」とだけ言うより、「月の手取りが○万円、家賃が○万円、治療費が○万円で足りない」と数字で伝えるほうが、使える制度を早く絞り込めます。

よくある質問

治療費を払えないまま治療を続けたら、病院に断られますか?

扱いは病院ごとに違い、一律には言えません。未払いになる前に、医療ソーシャルワーカーか会計窓口に相談しましょう。高額療養費の上限を使えば払う額そのものが下がり、貸付を使えば支払いの時期を先に延ばせる場合があります。

貯金がほとんどありません。高額療養費の払い戻しまでどうすればいいですか?

まずマイナ保険証で受診し、窓口の支払いを上限で止めましょう。すでに払った分や請求された分は、協会けんぽなら支給見込額の8割を無利子で借りられます。国保の人は市区町村に貸付や受領委任払いがあるか確かめましょう。

自営業で国民健康保険です。休んでいる間の収入はどうなりますか?

国民健康保険には原則として傷病手当金がありません。民間の保険の給付金、生活福祉資金、生活保護の順に確かめましょう。福祉事務所の事前相談では、生活福祉資金など他の制度が使えるかもあわせて検討します。

何年前の医療費まで、さかのぼって取り戻せますか?

窓口で払いすぎた高額療養費は、診療月の翌月1日から2年です。2026年10月の診療分なら、2028年10月末が目安になります。医療費控除による所得税の還付は、医療費を払った年の翌年1月1日から5年のあいだ申告できます。

家族に知られずに相談できますか?

がん相談支援センターは匿名で使え、相談内容が本人の同意なく担当医や病院のスタッフに伝わることはありません。電話でも相談できます。