がんは、他のどんな病気とも明らかに異なっています。
それは、単に全身が侵されるとか、治療が困難だとか、あるいは死亡率がきわめて高いなどの理由によるのではありません。たとえば、いまだにほとんど有効な治療法のないアルツハイマー病は大脳が萎縮する病気であり、やはり治療が困期な筋萎縮性側索硬化症は、筋肉の運動を支配する神経が侵され、ついには全身麻痺に至る病気です。
これらはいまのところ"不治の病"ですが、いずれも特定の臓器や組織が障害されるものです。一方、インフルエンザやエイズ、結核などのように全身が侵される病気もありますが、これらは、外から体内に侵入するウイルスや
細菌が引き起こす感染症です。がんは、これらの病気の定義にはいずれも当てはまりません。
というのも、がんは特定の臓器や組織の病気でもなく、また感染症でもないからです。ひと言でいえば、がんとは「細胞が増殖する過程で生じる100種類以上の病気の総称」(アメリカ国立がん研究所の説明)です。
がんは、ひとつの病的な「過程」が示すさまざまな側面ということができます。がん細胞は、もともと患者の体が生み出したものであり、それはひとたび生まれると、患者の体の一部として生きることをやめ、逆に患者の体を利用して自分だけが生き延び、ついには患者を死に至らしめて自分も死んでしまうまで、活動を停止しません。
専門家は、このように他からの支配を受けず、自律的性質をもつがんを「悪性新生物」と呼ぶことがあります。がんはまた、より一般的には「悪性腫瘍」と呼ばれます。腫瘍とは、一般的に体をつくっている細胞の一部が(遺伝子の変異によって)かってに分裂・増殖し、いぼやこぶのような固まりになったものです。
腫瘍ができても、それが非常にゆっくり成長したり、ある大さで成長を止めるなら、途中で発見して取り除けば(あるいは放置していても)、患者の生命に別状はありません。そこでこのような腫瘍を「良性腫瘍」と呼びます。
れに対してがんが悪性腫瘍と呼ばれるのは、この腫瘍が非常にすばやく成長し、決して成長を止めないだけでなく、周囲の組織に広がったり遠くの臓器に飛び火(転移)して、そこでもふたたび成長するという、きわめて攻般的な性質をもっているからです。がん細胞の性質の悪さは、これだけにはとどまりません。
この細胞は、1個が2個に、2個が4個に、4個が8個にと分裂をくり返して成長(増殖)するにつれて、ますます悪質になっていきます。もしこれらのがん細胞を殺そうとして何度も抗がん剤を使うと、その抗がん剤に対して抵抗力をもつがん細胞が生まれ、今はそれらが増殖を始めます。
また放射綿治療をくり返せば、放射線に強いがん細胞が生まれます。がん細胞が高温に弱いという理由で温熱療法を行うと、熱に強いがん細胞が増えるのです。
このような現象が起こるのは、がん細胞の増殖速度が非常に速く、またがん細胞の遺伝子が変異しやすい性質をもっているためです。この性質のために、がんの中から、治療に抵抗する性質(耐性)を獲得する細胞が現れるのだと見られています。
このように、がんが自らの姿を変えてしだいに手に負えない性質をもつようになることを「がんが悪性化する」といいます。こうしてがんが急成長するにつれ、患者の体内では、さまざまな臓器や組織が正常なはたらきを妨害され、それが病気の症状として現れてきます。
がん細胞は、自分が生きかつ増殖するために、正常な細胞よりも大量の栄養や酸素を必要としますが、これらを患者の体から奪い取れるかぎりは成長を止めません。そればかりか、栄養と酸素が足りないときには、近くの血管から自分の内部に新しい毛細血管を引き込み、そこから栄養と酸素を吸い取るという高等戦術まで用いることができます。こうなると、患者は全身が衰弱していき、死は免れません。
こうして見ると、がん医学の対象は、他の病気に対するものとは異なることがわかります。現在のがん医学が目指しているのは、際限なく貧欲で強靭な生命力をもつがん細胞の活動を、その増殖過程のどこかで断ち切ることにある、ということができるのです。
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